2006年1月アーカイブ

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2007年1月 ホームページリニューアル
2006年1月 RBR脳の右側で描くを受講。絵を描く楽しさに気づく

2005年12月 リクルートを定年退職
2005年11月 CFカンファレンスで2度目のSan Jose訪問
2005年9月 ICFカンファレンスへの参加のために、英語力向上としてドラマメソッドを受講。人間の第一言語は映像を実感
2005年8月 楠瀬誠志郎 ヴォイストレーニングスタート
2005年4月38歳 HRD部門の分社化でリクルートマネジメントソリューションズへ出向
2004年12月 鎌倉に引っ越し、友人の藤沢烈氏とサロン活動開始
2003年5月 コーチ養成講座をはじめる
2003年4月  山本藤光 感性を磨く文章講座始まる
2003年3月36歳  デューク更家 ウォーキングセラピスト養成講座始まる
2003年2月 松岡正剛の編集学校始まる 
2002年8月  「道場」の原型が出来あがる
2002年5月  曙橋へ引っ越し100%クラブ発足
2002年4月  多摩大学大学院経営情報学修士(MBA)に入学
2002年3月35歳 CTI応用コース終了 人が幸せになる経営1
2001年8月  初の渡米。UCSBで中村修二さんに会う
2001年5月  東京でのコーチの勉強会開始
2001年4月 商品開発として東京へ転勤

2000年11月 千成考房設立
1999年12月  CTP(コーチ養成コース)の受講開始
1999年10月  HRDへ異動
1999年9月  異業種交流ベルノート始まる
1992年4月  求人広告の制作に異動になる。コピーを書くのは楽しかった
1991年4月24歳 リクルート入社 「B-ing東海版」の編集者としてキャリアが始まる。この時編集という仕事の意味はわかっていなかった。嫌だと思っていた。

1990年8月23歳 全日本学生選手権で念願の準決勝進出3年がかりだった。リクルートに内定。強い組織がつくりたいが入社動機

1987年4月20歳 名古屋大学漕艇部入学

1985年4月19歳 やはり、大学進学をしようと考え、新聞奨学生になって予備校に通う。新聞配達の集金で先のおばさんに本をもらう。坪井寿夫と再建屋という仕事を知る
1985年4月18歳 家業を手伝って土木業に。ダムをつくるのは楽しかった

1982年4月15歳 高校1年生の担任の出した宿題で月に100冊の本を読んでいた。授業中も先生を無視して。この頃の愛読書は歴史小説。織田信長・真田幸村がヒーローだった。
1979年4月12歳 私立東海中学入学。勉強による自己実現を断念する
1975年8歳 母親の教育方針でテレビ禁止。毎日本を読んでいた。夏目漱石にはまり始める。図書館通いが始まる

1967年3月3日 この世に生をうける

すばらしいチームワークによる相乗効果をめざす心意気を示しています。

“Bellnote”とはボート用語です。

クルーの「心」「技」「体」が一致したときに、初めて聞くことができる「音」だという伝説があります

艇を進める上でオールを水に入れてつかむことをキャッチといいます。そこが、技術的には一番難しい所なのです。水に入った瞬間に艇を進める方向に力を加えなければ抵抗になります。一瞬につかむスピードを生む技術と推進力を与えるパワーと同時に行うチームワークが高いレベルで実現したときに、艇はすばらしいスピードが出ます

こうなった時にと“ボリン”というBellの音がするというのです

つまり、個々人の技術とチームワークが最高に一致したときにはじめて出る音なのです。

 
かつて、鉄鋼王と言われたカネギー氏はイェール大学から人生において成功する秘訣を若い大学生に教えてあげて欲しいと依頼されたときに、「私の話を聞くよりも、ボートを漕ぎなさい。そこに人生において成功するための知恵が詰まっているから」と言ってダム湖を寄付したというエピソードがあります。

 

人は、何か意義のあることを成し遂げようとすれば、自分一人で成し遂げることはできません。仲間・同志との相乗効果・チームワークが必要です。自分だけでは何もできない。仲間との信頼関係を大事にしよう。目標に向かって常に最大限の努力をしようということを私はこの“Belnote”という言葉で思い出すのです。

 

ついでに、ボートのことに少しだけ触れます。ボートは「心の鍛練」に非常に適しています。成功に必要な「信頼関係」に対する示唆に富んでいます。

別でも触れますが「7つの習慣」で言われている要素がふんだんに含まれています。

例えば、ボートでは「自分のことだけをやっていれば良いんだ」ということでは勝つことはできません。自分の技術・体力を向上させることはもちろん、他のメンバーも努力をしたくなるように応援しなければいけません。サッカーや野球のようにエースの卓越した力で勝つということは難しいのです。成績は最も能力の低い人に合わさってしまいます。だから、自然と全体のレベルを上げるように考えます。

ボートでは、自分の前にいる人の動き以外は見えません。特に、後ろはまったく見えません。ボートの練習は心肺機能向上の練習がメインなので単調な練習の積み重ねで、手を抜いたとしても見た目にはわかりません。そんな中で、「誰かサボってるんじゃないか」なんて思ったら、練習に身が入りますか?自分も苦しいが目標の達成のためにみなベストを尽くしている。がんばろうという信頼感なくしてはいい練習はできないのです。

そして、水をつかむとか、リズムとかいった目で見えない感覚的なことを言葉で伝えなくてはいけません。人が理解するために、表現を試行錯誤する。相手が何を意図しているのか掴もうとする。そんなコミュニケーションができなければ信頼しあうことはできないのです。

つまり、共通の目的に向かって、強い信頼関係に結ばれたもの同士が、相乗効果を発揮する。そんなスポーツなのです。私は、20数年ぶりにベスト16に進むという経験を通じて得た、仲間やチームワークの素晴らしさ、一体感を社会に出てからも再現したいと思っているのです

◇コーチング・・・月5万円
週1回30分 4回

標準:3ヶ月 12回
対面(訪社・丸ビル)、電話


◇コンサルティング・・・月30~50万円
情報共有の仕組み、ミッション・ビジョン・バリューの物語化
商品開発、サービス開発、

週1日 4回 6ヶ月
訪社

あくまで、目安です
成功報酬など、料金についてはご相談ください

プロジェクト推進のサポートを通じて価値創造と人才育成

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こうやって見ると難しく見えるかもしれませんが、まずは、個人を
対象としたコーチングから始めます。

一人ひとりの個性を把握した上で、この会社の顧客、技術を
よく観察した上でどのような新しい価値が「ありえる」のか
チームで仮説を立てて検証します。

いよいよ、テーマが決まったところで実際にプロジェクトを立ち上げ
実現までのサポートをします。

渋澤栄一のようなプロデューサーを39名

本田宗一郎と藤沢武夫、井深大と盛田昭夫のような絆を
500組つくる

Druckerが今日の日本の繁栄の礎を築いたと私淑する
渋澤栄一は時流を読み、事業と人物の目利きをする達人
でした。社会を変革する「機関」として銀行をつくり、500の
株式会社をインキュベートしたと言われています

また、彼は資本主義の「影」つまり儲かれば何で
もありの弱肉強食の危険も同時に感じ、「論語とそろばん
の重要性も提唱していました。


現在のような変化の時代には、高い倫理性と資源の有効
活用を先導する渋澤栄一のような人が多数必要になります。
そして、価値を実現する場としての組織を動かす絆が・・。

数値目標として人を39名、絆を500組にしました。
時間を2015年の3月3日とします。

個人の可能性を引き出すこと
無我夢中体験を通じて、自分自身になること

自分にもあてはまることですが、
自分の可能性を制約しているのは自分自身です。
過去の失敗体験や他の人の成功や失敗を見て、
自分には大して凄いことはできないと思い込んでいます。

しかし

時間はかかるかもしれませんが、誰もがやればできる。
重要かつ難しいのは、地道な努力を継続できることです。
その時に必要なのが、献身と絆です。

逆説的なのですが、
自分を幸せにしようとすると不幸になる。
うまくやろうとすると失敗する。

損得や成否を考えず、気がついたら時間を忘れて
夢中になっていたという時に

幸せや成功が得られるのです。

それをCsikszentmihalyiはフロー体験と呼び
Maslowは至高体験と呼びました。

邪魔をするのは冒頭の「自我」意識です。
無我夢中にはなろうと思ってもなれないのです。
それは、「なってしまう」ものなのです。
できることは環境をつくることです。


それは、リクルートの社訓であった
「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」
によく表現されていると思います。

献身と絆の環境をつくるひとつの機会が仕事です。
顧客価値は何か、それを誰と一緒にやるのか
自分から提案して仕掛けること

それをメッセージし、サポートすることが私たちの
事業目的です

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鈴木利和
代表者blog

1967年3月3日生まれ
1991年名古屋大学法学部卒業後、リクルートリクルート入社
配属は名古屋支社でB-ing編集
2000年4月東京に転勤になり、HRDの商品開発
2001年4月多摩大学大学院で経営情報専攻
2003年10月 卒業(MBA)
2005年4月 HRD部門の分社化でリクルートマネジメントソリューションズへ出向
2005年12月 リクルート定年退職

私の人生において決定的な転機になったのは、
ボート部での経験でした。20年ぶりに全日本の
準決勝に進出する過程で、人とチームの関わり、
フロー体験などベースになる体験がありました。

リクルートへの入社動機はボートの体験から最強
の組織づくりを研究したいということでしたが、
なぜか編集職で仕事に身が入りませんでした。

今にして、思えば編集職というのは、創造性の
研究・実践には最適の仕事だったのですが、
この頃は、全然わかっていませんでした。

入社当初はいわゆるバブルでしたが、翌年には
いわゆるオレンジショックが起きて、人がどんどん
減ってゆくという苦しい時期を体験しました。
よく克服して、高収益企業になれたものだと思います。

その時支えになったのは、事業の存在意義でした。
自分たちは社会正義を実現しようとしていると信じて
いました。情報によって世の中の不平等をなくす。

つまり、限られた情報の中からよりは、多くの選択肢
の中から選べた方が良い。それまでは、情報を独占
している側が価格やサービスを決めていて、何も知ら
ない人はそれを受け入れるしかありませんでした。

今では、インターネットの普及によって、良いサービス
を世の中に知ってもらうコストは下がり、こんなことは
当たり前になりました。

しかし、その頃は、地道に自分たちの目で見て確認をし、
情報を加工して発信することで世の中を変えてゆこうと
していました。だからこそ、大きな借金を抱え、いつ倒産
してもおかしくないという状況の中でも価値を信じて夜
遅くまでかかっても仕事をやり抜けたのだと思います。


事業目的は働く人のよりどころであることを実感しました。


1999年にはコーチングに出会い翌年2000年の3月3日の
33歳の誕生日にこの会社を起業してしまいました。
一人ひとりの創造性を引き出しながら全員が主役の組織
づくりのイメージがあったのです。

ところが、会社の中でそれをやってみないかということに
なり、初めて名古屋を出て東京に転勤することになりました。

全員が主役の組織のモデルとして複雑系の研究のために、
田坂教授がいる多摩大学大学院に進学をしました。
そこで、思いがけず、野中先生の共同研究者である紺野
教授
から知識創造の方法論を学ぶことになりました。

ボート部での原体験。リクルートの混乱と復活のプロセス。
個々人から創造性を引き出すコーチング
個々の想い・情報を組織の知識創造につなげる方法論
情報による組織と社会の変革

が組み合わさって、プロジェクトを通じて創造性を発揮し、
社会の変革、組織の変革、自己の成長を同時に進めて
ゆくサービスの骨格ができあがりました。

そして、定年を迎えて15年間勤めたリクルートを退職し
大学院などで創造性の研究をしながら、企業・個人に
サービスをするという今の姿になりました。

振り返ってみると、その時の状況によって、目標や手段
は変わっても、「個人の可能性を開花させたい」という
目的は変わらないということにあらためて気づきます。

才能を持ちながら、
過去の記憶に囚われて、
自分の価値が見えなくなっている人

そういう人が私の貢献したいお客様です

自分が決めたことをやり抜くことができず、
自分の弱さを嘆いて何かに逃げ込む

そのなかでもやっかいなのは、逃げ込む手段
として、他者を支配しようとしたり、過度な
攻撃性を発揮して他の人を傷つけ孤立してし
まう人(経営者に少なくない)です

私はどうしようもなくそういう人に惹きつけ
られてしまいます。私が無我夢中になって向
き合えたのはそういう人たちでした

その人たちが孤独に苦しむ姿は自分と同じで
す。私も支配したり、攻撃したいという衝動
をなかなか抑えられません。

だからこそ、そういう人を見るとこのままで
は終わらせない!という強い感情が自分の中
に沸き上がってきます

過去の記憶や未来の期待に自分を見失うな。
今を生きるんだと

神田さんは「成功者の告白」の中で物語につ
いて触れています。物語には、共通点があり
ます。この共通点にユングが気づき、ジョゼ
フキャンベルが発展させました


ジョージルーカスが南カルフォルニア大学で
キャンベルから学んだことをもとにスターウ
ォーズを大ヒットさせたことでご存じの方も
いらっしゃるでしょう

要約してしまうと「分離と統合」です。世界
中で、繰り返し語られ、教訓としようとして
も、それでも、陥ってしまう難しい課題です

スターウォーズでは、幼くして母親と別離を
したアナキンは、母親を救えなかったことが
挫折の記憶として残ります

この挫折を自分の力が足りなかったせいだと
考え、力を求めるあまり、師匠や仲間のアド
バイスが聞けずに、妻を守ろうとして影に飲
み込まれ、全てを失ってしまいます

これがいわゆる分離の失敗です。分離の不安
が残ってしまい自立できずに、力に執着し皇
帝に依存してしまいます

ベーダーは息子ルークとの絆から自分を取
り戻し、最後はアナキンとして死ぬ

力への執着を手放し、皇帝への依存を手放し、
自己と統合をはかるわけです

この分離の失敗、執着が紛争や専制的支配
原因になっています

自分らしく生き、紛争や支配をなくすために
は、力を持つ者が執着や依存に気づき、手放
す必要があります

お金や権力は、あくまで道具であって、自分
自身ではありません。しかし、不安や恐怖が
お金や権力への執着を生みます


私は、この執着を手放し、自分自身にもどる
お手伝いがしたいのです


癒しとは統合の別側面です。自分が何とかし
たいと思う相手に無我夢中で献身する時、不
安や執着を忘れ、気づけば自己と統合し、
者と一体感
を持ち、自然の一部に還るのです


主題から、逸れた感じもしますので再確認す
ると「才能を持ちながら、過去の記憶に囚わ
れて、自分の価値を見失っている」人が周囲
にいたらぜひご紹介くださいということです

本人は、自分がその渦中にいるということが
わからないので、なかなか自分から助けを求
めることはできないと思うからです

周囲にいる人の方がよく見えるのです。
そういう方に貢献することが私は得意だし、
そうすることによって私も癒されるのです

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